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金融庁有識者会議の到達点と今後の課題(水口教授のESG通信)

最終更新 2021/9/14 16:00 金融庁 SDGs 気候変動 ESG研究所 水口剛 TCFD ESG

2021年6月、金融庁がサステナブルファイナンス有識者会議の報告書を公表した。同年1月の第1回会合以来、半年間で8回の会議を経て取りまとめられたものである。金融行政を所管する金融庁がサステナブルファイナンスをテーマにした有識者会議を開くこと自体、時代の節目を感じさせる出来事であった。それでは有識者会議の議論はどこまで到達し、何が課題として残されたのか。報告書のポイントを確認してみたい。

1.政策的な推進

「持続可能な経済社会システムを支えるインフラ」。報告書はサステナブルファイナンスをこのように位置づけた。そして「制度的な枠組み作りなどを通じて政策的にも推進していくべき」と明記した。気候変動や経済格差の拡大などの持続可能性の危機の多くは経済活動に起因し、金融資本市場はその経済活動の根幹に位置するからである。

金融資本市場のあり方は経済活動の方向を左右し、それがもたらす正や負の外部性は、安定した環境や社会などの経済活動の基盤に影響する。それは経済全体のパフォーマンスを通して、結局、金融資本市場に跳ね返ってくる。したがって気候変動をはじめとするサステナビリティ課題は、環境省や経済産業省だけでなく、金融資本市場の健全な発展を担う金融庁にとっても担当業務の範囲に含まれる。報告書の「第1章 総論」の冒頭「1.基本的視点」ではそのことを書いている。

サステナブルファイナンスの推進では欧州が先行するが、日本でも金融庁が「政策的にも推進していくべき」という立場を明確にしたことは、重要な到達点の1つと言ってよいだろう。問題は実際にどうやって推進するのかということである。

2.ESG要因の考慮は受託者責任上「望ましい対応」

図表1に示す通り、報告書は「はじめに」と「おわりに」を除き、全4章からなる。第1章が総論で、第2章以降が各論である

第1章の総論では、上記の基本的視点に続き、「2.横断的論点」として受託者責任、インパクト、タクソノミーの3つ論点を取り上げた。まず受託者責任に関して、かつてはESG要因を考慮することは受託者責任に反するという主張も見られた中、今日では日本においても「受託者責任を果たす上で望ましい対応」と位置づけられると明示した。

また、サステナブルファイナンスには、正や負の外部性を織り込むことで「経済社会システム全体の便益に寄与することが期待されている」として、「こうした環境的・社会的な効果は『インパクト』と呼ばれ、経済活動の尺度として活用されつつある」と記している。そしてインパクト投資の課題として、「評価の手順や手法の確立に向けた検討を更に進めること」や「企業による開示と、投資家によるインパクト投資の好循環を創り出していくこと」が期待されるので、環境省が設置したESG金融ハイレベル・パネルや、金融庁とGSG国内諮問委員会による「インパクト投資に関する勉強会」の動きをさらに推進すると共に、官民連携で検討を進めることが望ましいと述べた。

このように投融資がもつ環境的・社会的インパクトという概念を正式に支持したことも、大きな進展と言えるだろう。

よく、「総論賛成、各論反対」と言う。具体的な各論がまとまらないことを揶揄する言葉だが、まずは総論で合意した部分を評価してもよいのではいか。もちろんその後のスピード感が重要だが、まず第一歩を踏み出すことが重要だからである。

3.タクソノミーは両論併記

横断的論点の中でも、タクソノミーは意見が分かれた。そこにはグリーンウォッシュやSDGsウォッシュを防止する意図があり、グリーンか否かの判断を効率化できるとして、海外との整合性を考慮しつつ日本でも導入すべきとの意見と、投資家等の判断を固定化するリスクを懸念する声の両方があった。また、各国の発展段階や地理的条件、エネルギー事情等の違いを考慮すべきとの意見がある一方、議論の中では日本独自のタクソノミーといった提案をしても国際的に支持されないとの強い意見もあった。

これらを踏まえて報告書では、EU等の動向を注視しつつ、「サステナブルファイナンスに関する国際的な連携・協調を図るプラットフォーム(International Platform on Sustainable Finance:IPSF)」等での国際的な議論に参画していくことが望まれるとの記載に留まった(注1)。

一方、有識者会議の設置とほぼ同時期の2021年1月に金融庁、経済産業省、環境省が共同で「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」を設置。2020年12月に公表された国際資本市場協会(ICMA)のクライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」との整合性に配慮しつつ、2021年5月にクライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を公表した。有識者会議の報告書もこれを受けて、一足飛びのネットゼロ実現が難しい産業でもトランジションの取組みを適切に評価することで資金供給を促し、着実な脱炭素化を後押ししていくことが必要との立場を示した。

4.IFRS財団の議論に参画すべき

では各論はどうか。第2章は企業、第3章は直接金融に関わる市場関係者、第4章は間接金融を取り上げた。金融資本市場に関わる各主体に幅広く目を配ったことから、幕の内弁当のようだとの声も聞かれたが、金融庁が最初に公表する報告書は部分的・断片的なものではなく、網羅的であるべきだろう。その意味で幕の内弁当は必然であった。

第2章では、投資家や金融機関が企業と建設的な対話を行う上で、また投融資の判断にESG要素を組み込む上で、「サステナビリティ情報に関する適切な企業開示が鍵となる」との認識を示した。周知のとおりサステナビリティ情報開示に関しては、2020年9月にCDP、CDSB、GRI、IIRC、SASBの主要5団体が共同ステートメントを公表する一方、IFRS財団が統一基準策定に関する提言を公表した。ちょうど有識者会議と同時期の2021年2月には証券監督者国際機構(IOSCO)がプレスリリースを公表し、一貫性、比較可能性、信頼性のあるサステナビリティ情報が必要であること、IFRS財団の提言を歓迎することなどの見解を示した。それも踏まえてIFRS財団は2021年4月に、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立を柱とする公開草案を公表した。

これらの動きを背景に報告書では、日本も「IFRS財団における基準策定に積極的に参画すべき」との立場を示した。

一方、気候変動関連の情報開示に関しては「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」提言への対応が焦点となった。投資家からは法定開示に組み込むべきとの強い意見があった。一方、企業側からは自主性や柔軟性を維持すべきとの意見があり、見解が分かれた。同時期に「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」が開催されており、2021年6月、コーポレートガバナンス・コードが改訂された。その改訂で、プライム市場の上場企業に対し、「TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示」を求めたことから、報告書でもこれを投資家との建設的な対話に貢献するものと評価した。同時に「気候変動関連情報の開示の充実に向けた検討を継続的に進めていくことが重要」との姿勢も示した。

5.ESG金融商品の質の確保

第3章では機関投資家、個人向けESG関連投資信託を提供する資産運用業者、ESG評価・データ提供機関、証券取引所などを取り上げた。焦点の1つは、ESGを冠した投資信託やESG関連債(グリーンボンドなど)の信頼性であった。

中でもESGを標榜するアクティブ型の投資信託に関しては、どのような基準で「ESG」などの名称を付けるかが各社の裁量に委ねられており、開示も十分でないことが課題として挙がった。顧客保護の観点から、その名称が示唆する特性をどのように満たしているかを明確に説明すべきとし、金融庁において「資産運用業界におけるESGやSDGsのあり方について、その具体的な指標も含めて幅広く調査・分析を行うとともに、資産運用業者等に対するモニタリングを進めていくことが適当」との立場を示した。

パッシブ型の投資信託の場合も、資産運用業者はエンゲージメントを通じて投資先企業のサステナビリティへの取り組みを促すことができる。ということは、パッシブ型投資信託であっても、どの資産運用業者のものを選ぶかによって、サステナビリティへの影響が異なり得る。個人が投資信託を購入する際、そのような視点からも商品を選べるようになっているべきではないか。そこで報告書は、「資産運用業者等自身が、サステナビリティ投資に関する基本方針やエンゲージメント方針の開示、さらにTCFD等の国際的なフレームワークに沿った気候関連情報開示等を行うよう促していくことが適当」との考えを示した。

ESG関連債に関しては、「諸外国の取引所においては、ESG関連債の上場要件として、準拠すべきガイドラインの指定、外部評価の取得や定期的な報告を必須とするなどの例もある」として、日本でも「ESG関連債の適格性を客観的に認証する枠組みの構築が期待される」と述べた。

ESG評価機関に関しても活発な議論があった。評価の公平性と透明性、利益相反などへの懸念を示す意見や、被評価企業の事務負担の大きさを指摘する声がある一方、日本企業が国際金融市場で適切に評価されるためには、英語できちんと開示することが必要との指摘もあった。AIの活用が急速に進むなど、評価手法も発展途上の分野であるだけに、金融庁において「ESG評価・データ提供機関に期待される行動規範のあり方等について議論を進めることが期待される」とのまとめになった。

6.欧州との蓄積の差

欧州委員会は2018年3月に公表したアクションプランを基礎に、サステナブルファイナンスを包括的に推進してきた。たとえば2021年3月にはサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)が施行された(注2)。同規則は金融商品をサステナビリティの考慮の程度に応じて3つのカテゴリーに区分し、関連する情報の開示を義務付けた。

それに比べると、有識者会議の報告書の姿勢は曖昧だ。第3章の議論はもちろんSFDRを意識したものだったが、「明確に説明すべき」「モニタリングを進めていくことが適当」「促していくことが適当」「構築が期待される」など、方向感はにじませつつも、義務化や規制については明言していない。自主的な取り組みに期待するのか、制度化するのか、つまりは誰が何をするのかが書かれていない。

しかし、それはむしろ当然のことでもあった。有識者会議はたった半年、8回の開催である。その中で総論から各論まで幅広く議論した。その分、1つ1つの論点に割いた時間は短い。たとえば日本版SFDRのような大きな課題に、その程度の検討で答が出せるだろうか。

欧州ではアクションプランに先立って、サステナブル金融ハイレベル専門家グループ(HLEG)の議論があった。HLEGは2016年末に設立され、2018年1月に最終報告書を公表するまで1年以上かけた。しかも欧州は2006年の責任投資原則(PRI)の公表以降、世界のESG投資を牽引し、その主要プレーヤーが揃っている。HLEGの議論は、その蓄積の上にあったのである。

それに対して日本では、GPIFがPRIに署名したのが2015年である。それ以前から先駆的な取り組みもあったとはいえ、業界全体で見れば蓄積の差は否めない。その意味で各論の具体化はこれからの課題と言えるだろう。

7.ESG地域金融の支援

第4章では、金融機関による投融資先支援と金融機関自身のリスク管理がテーマとなった。

まず投融資先に対しては、建設的な対話によって温室効果ガス(GHG)削減に向けた対応の加速を促すことで、移行リスクの低減を図る役割に期待を示した。特に、「脱炭素化に伴う産業構造の転換が投融資先の重大なリスクになりかねない」ことから、地域に立脚する地域金融の役割は重要である。

そこで金融庁において「環境省のESG地域金融の取組みとも連携して、金融機関におけるSDGsの実践等を通じた地域経済の持続的成長に向けた取組みを支援することが望まれる」との見解を示した。

一方、金融機関自身の気候変動リスクに関しては、「監督上の目線を盛り込んだガイダンスを策定するなど、金融機関の対応を具体的に促していくことが適当」とし、特にシナリオ分析の有効性を強調した。

8.ゴールではなく出発点

ここまで報告書の内容を中心に見てきた。内容と並んで重要なのは、有識者会議の開催に至った社会状況であろう。

今回、有識者会議が開かれた時期の特徴は、多くのことが同時並行的に進んでいたことである。たとえば金融庁は有識者会議の直前、2020年11月にIPSFに参画し、2021年2月にIOSCOがIFRS財団の提案を支持。IFRS財団が公開草案を公表したのが4月だった。コーポレートガバナンス・コードの改訂やトランジション・ファイナンスに関する基本指針の公表も同時期だった。さらに2021年3月には官邸に「気候変動対策推進のための有識者会議」が設置され、脱炭素に関する国としての枠組みの議論が始まった。

いわば世界的にも、日本としても、サステナブルファイナンスと脱炭素の議論が大きく動き始めた時期であった。サステナブルファイナンス有識者会議もそういった動きの1つに位置づけられる。日本の場合、その動きの直接的な契機となったのは、2020年10月に菅総理が宣言した温室効果ガス排出量の2050年実質ゼロの方針である。

その後、2030年に2013年度比46%削減の目標が加わった。そのために2030年までに必要な資金は100兆円とも200兆円とも言われる。それだけの資金をいかに動員するかが、金融資本市場に直接的に期待されることであろう。

有識者会議の報告書はサステナブルファイナンスの枠組みを示すことはできたが、資金を動員する具体的な道筋が見えたとは言えない。そのための具体的な方策は、今後の課題として残された。

報告書は「おわりに」でこう記している。

「私たちが持続可能な社会の実現を目指すならば、社会を支える重要なサブシステムの1つである金融も、それと整合的なシステムでなければならない。サステナブルファイナンスとは、特定の金融商品のことではなく、持続可能な社会を支える金融の制度や仕組み、行動規範、評価手法等の全体像を意味する。そのようなサステナブルファイナンスへの歩みは始まったばかりである。しかし、2050年カーボンニュートラル、2030年度に46%削減という脱炭素目標を実現するためには、手をこまねいている時間は全くない。気候変動は緊急事態だという危機感をもって、サステナブルファイナンスを進めていく必要がある。」

まさにその通り。その意味で、この報告書はゴールではなく、出発点と考えるべきだろう。
(QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛)

(付記)
筆者はこの有識者会議の座長を務めた。結論ありきの会議ではなく、議論を通して道筋を探っていくような会議だった。一般にこの種の会議では委員が1人1回ずつ順番に発言するといった形になりやすいが、今回は自由に討論してもらった。まさに談論風発。啓発される意見も多く、「なるほど有識者とはこういうものか」と感じ入ることも多かった。自由闊達に議論して頂いた委員の皆様に感謝したい。また、事務局役の立場で多くの論点をすくい上げ、報告書にまとめて頂いた金融庁の皆様にも感謝したい。

<注>
(1)International Platform on Sustainable Finance(IPSF)は、2019年10月18日、ワシントンでのIMF/世界銀行の年次総会の機会に、EUがアルゼンチン、カナダ、チリ、中国、インド、ケニア、モロッコと共に設立した。2020年10月に最初の年次報告書を公表したが、その時点でインドネシア、ニュージーランド、ノルウェー、セネガル、シンガポール、スイスの6か国が加わり、参加は14か国・地域となった。日本の金融庁は2020年11月24日に参加を表明している。香港とイギリスも加わり、2021年7月末時点で参加は17か国・地域、温室効果ガス排出量の55%、世界人口の50%、世界のGDPの55%を占めるという。名称を普通に訳すと「サステナブルファイナンスに関する国際プラットフォーム」となるが、「サステナブルファイナンスに関する国際的な連携・協調を図るプラットフォーム」というのは金融庁の訳である。

(2)Sustainable Finance Disclosure Regulation(SFDR)は通称である。EUのOfficial Journalにおける正式な名称はREGULATION (EU) 2019/2088 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 27 November 2019 on sustainability‐related disclosures in the financial services sectorであり、日本語に訳せば「金融サービスセクターにおけるサステナビリティ関連情報開示に関する規則」ということになる。


水口 剛(みずぐち たけし):高崎経済大学 副学長 経済学部教授、QUICK ESG研究所 特別研究員
1984年筑波大学卒業。博士(経営学:明治大学)。商社、監査法人等の勤務を経て、97年高崎経済大学経済学部講師。2008年より教授、17年より副学長。専門は責任投資、非財務情報開示。環境省・グリーンボンドに関する検討会座長、ESG金融懇談会委員等を歴任。2020年からESG金融ハイレベルパネルが設置したインパクト投資タスクフォースの座長を務める。  主な著書に『ESG投資-新しい資本主義のかたち』(日本経済新聞出版社)、 『責任ある投資-資金の流れで未来を変える』(岩波書店)、 『サステナブルファイナンスの時代-ESG/SDGsと債券市場』(金融財政事情 研究会)など。

<金融用語>

インパクト投資とは

貧困や差別、環境、教育、福祉などの社会的な課題の解決を図るとともに、経済的な利益を追求する投資行動を指す。「社会的インパクト投資」とも言う。リスクやリターンだけでなく、社会や環境へのインパクトを重視するため、投資の際には社会的投資収益率(SROI)などの指標が用いられる。 2013年の主要8カ国(G8)首脳会議で「社会的インパクト投資」促進のためのフォーラムが開催されたことなどをきっかけとして、世界的に市場規模が拡大している。

著者名

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛


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